はいったのかい。いやに気前がいいね。」
 彼は黙って、やがて私へ青い切符を差出した。
「贅沢な真似をするじゃないか。」
「だって、大森までならいくらも違やしません。」
「それはそうだが、僕は一体、桜木町行きのこの電車の二等は嫌いなんだ。汽車ならいい。だがこの線の電車の二等は、変に成金風が吹いて、不愉快なんだ。」
 高木は返辞もしないで、一人でにこにこしながら、改札口から歩廊《プラットホーム》の方へ歩いていった。その歩廊《プラットホーム》に立った時、私もまた不平を続けた。「こんな線の二等に乗るなんて、君にも似合わんじゃないか。」
「でも私は、他のところはどこも三等ですが、この線だけは二等にきめてるんです。」
 その調子が真面目くさってるだけに、私は少なからず驚かされた。いつも貧乏で、そして反ブールジョアジー的な口吻を洩してる高木が、最もブールジョア的なこの線の電車だけ二等に乗るとは、どう考えても不思議だった。
 が、そのうちに電車が来て、私達の話は途切れた。
 狭い車室ではあるが、乗客は七八人きりだった。
 高木は室の片隅に腰掛けて、私が話しかけても気乗りしない簡単な返辞をするきりで、そ
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