の様子から表情まで、何だか一つのことを思い耽ってるがようだった。で私は、先刻の抗議で彼の気嫌を害したのかなと考えてみたり、彼は全く今日はどうかしてると考えてみたりしたが、結局彼の気持を尊重して、口を噤んで窓外の景色を眺め初めた。
 電車の動いてる間、高木はステッキの頭に両手をかけ、その上に顔を伏せて、足先に眼を落していた。そして電車が駅にはいると、急に顔を挙げ上半身を乗り出すようにして、歩廊《プラットホーム》に立ってる人々を物色し初めた。それが品川までくり返されたが、品川から先は、ステッキの頭に釘付にされたようになった。
 何かあるんだな……と私は感じたが、素知らぬ顔をして、とうとう無言のうちに大森まで来てしまった。
 大森で電車から降りると、高木はすぐに私と別れようとした。
「君も一緒に来ないか。差支えはないから。」
 私は少し気になってそう誘ってみた。
「いや、まだ一度も逢ったことがありませんから、またこの次にしましょう。」
「そう。……じゃあ、そこいらでお茶でも飲んでゆこうか。」
「ええ……。」
 曖昧な返辞だったが、それでも別段嫌でもなさそうに、彼は私の後について来た。私達は見
前へ 次へ
全14ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング