こちらを見ています。その二等車の、粗らに並んでる顔の中に、耳の上で髪を縮らした、眉のつんとした鼻の高い、細長い年若な顔が一つあって、それをちらと見た時、おや……と私は思いました。どこかにはっきり見覚えがあるんです。と、こんどは少し電車の方がぬき出して、二三間先へ進んだかと思うまに、一寸の間相並んで進んで、それから俄に、丁度潮の引くような工合に、電車がすーっと後れていました。そして、例の女の顔が消えかかった瞬間に、私ははっと思い出したのです。それこそ、浜野の娘です。あれから一年ばかりになりますが、彼女が外に出かけたり縁側に立ってたりするところを、二階の窓から時々見たことのある、それとそっくりの顔なんです。
私はあせりだしました。けれども、もう電車はずんずん後れていって、汽車は益々速力を早めているんです。どうにも仕方がありません。
それから私は、一人汽車の窓にもたれて、消え去った彼女の面影を思い浮べました。僅か一年ばかりのうちに、驚くほど伸び伸びと生長して……と云っちゃ変ですが、凉しい眼付や引緊った口元に、何とも云えない溌剌とした魅力が籠っていて、一人前の立派な女です。今もしその前に、
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