。移転の際、横浜の何処とかへと貼紙がしてありましたが、それを私は覚えていませんし、それとなく家の人に聞いても、やはり忘れてしまっているのです。で私は思い切って、向うの家へ行ってききましたが、分らないとの答えです。原稿の小包の消印も、横浜とだけしか分りません。
然し、さほど重大なことでありませんから、私はそれ以上彼女の行方を探りもしないで、万一出逢ったら……ということにして、いつとはなしに忘れがちになりました[#「なりました」は底本では「なりした」]。
すると、つい先々月のことです。私は鎌倉から汽車で東京へ帰る途中、彼女の姿を見かけたのです。
六郷川の鉄橋のところを、あなたは度々通られたことがありますか……。それなら御存じの筈ですが、あの前後あたりのところで、電車と電車とすれすれに並んで、同じくらいの速力で走ることがよくありますね。
でその時、私は汽車の窓から、何気なく外を眺めていました。すると、後からつつーと電車が速力を早めて追ってきて、少し追いぬくかぬかぬまに、こんどは汽車の方が早くなりだして、電車が徐々に後れだしたんです。愉快だと思って電車の方を眺めると、向うの窓からも皆が
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