飲みましたね。」
二人は互に食い入るように眼と眼を見合った。木下は一歩進んだ。信子はつと身を引いて、唇を少し歪めながら天井を仰いだ。痩せた襟筋に小さな喉仏が見えた。
「ええ私酔ってますわ。」と彼女は云った。
木下は陰惨な瞬きをした。が俄に笑い出した。
「ははは、カフェーのお信さんに逆戻りですか。」
「ええそうかも知れませんわ。」
「そしてマダム岡部はどうしました?」
信子は急に振り向いた。顔色を変えていた。
「何を仰言るのです?」と彼女は云った、「失礼な!」
その最後の一句が何とも云えない調子外れの響きを与えた。今までの気分が何処かへ吹き飛ばされてしまった。二人は妙にきょとんとした顔を見合った。泣いていいか笑っていいか分らなかった。しまいには苛ら立った憤りの情のみが残った。木下は肩を聳かした。
「信子さん、私はあなたに云って置きます。もう私はあなたの玩具《おもちゃ》にはなりたくありません。あなたを凡て所有するか凡て失うかです。」
信子は彼の顔をじっと見つめた。
「それでどうなさろうと仰言るのです?」
「どうする、ですって? あなたは今更そんなことを云うのですか。あなたの心は何
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