れらから暗い影が発散してくるような気がした。
二人共黙っていた、看護婦が室を出ていっても黙っていた。看護婦と殆んど入れちがいに、信子がはいって来た。彼女は襖を開いて一寸躊躇した。それから静に襖をしめて、火鉢の側に坐りながら炭をつぎ初めた。
先夜のこと、それ以前のこと、飛び飛びの事件を、啓介は思い出した。それらは、静かな時の連続のうちに、険しい巖のように立ち並んでいた。まわりには激しい旋風が荒れ狂っていた。啓介は落付いた心で眺めやった。それは既に過ぎ去った暴風雨であった。暴風雨の後姿から受けるような、深い底知れぬ静安の気が彼の心に泌み込んできた。もはや何にも云うべき言葉が残っていなかった。――木下も黙っていた。
暫くして、木下は突然顔を上げた。
「信子さん、新聞がきていましたか。」と彼は云った。
「はい。」
「済みませんが持って来て頂けませんか。」
「此処へ!」
「ええ。」
暴力とも云えるようなものが、木下の言葉や顔付に籠っていた。……信子は立ち上った。そして新聞を持って来た。
木下は其処に寝そべって、新聞を開いた。啓介は静に寝ていた。木下は新聞の上に眼を落した。然し別に読んで
前へ
次へ
全106ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング