んでしまったことだから、何も考えないで、早く癒らなければいけません。」
室内は、妙にだだ白い明るみが次第に薄暗くなりかけていた。雅子は啓介の枕頭に、ぽつねんと坐っていた。
「お母さん。」と啓介はまた云った。
「え?」
「今晩は家《うち》に帰って下さい。」
「え! なぜ?」
「今晩は帰って下さい。」と啓介はくり返した。
「なぜそんなことを云うのです? 私はもうあの女《ひと》のことは何とも思ってはいません。蒼い顔をして看病疲れしている所を見ると、私達の方が悪かったような気さえするんですもの。私に考えもあります。安心していなさい。あなたのために悪いようにはしません。」
「いえ、そんなことではありません。」
「ではどうなんです? 私も一晩位はついていてあげます。あなたが病気になってから初めて来たのではありませんか。幾晩でも起きていてあげます。何でも云う通りに用をしてあげます。あなたが眠ったら、眼がさめないように静にしています。この室に居るのが気懸りなら、向うの室に行っています。一晩位起きていても何でもありません。看護婦さんもあの女《ひと》も疲れてるでしょうから、私が今晩は代りましょう。家を出
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