ると、熱三十八度六分、脈百十、呼吸二十六、であった。本田は暫く脈を診て考えていた。懐中電灯を取り出して足先を細かに検査した。診察を済すと、カンフルを右胸に注射した。それから、病人の顔を眺めながら、腕を拱いて長い間考えていた。そして一寸眉を挙げた。頓服薬はまだのんでいないかと尋ねた。まだと看護婦が答えた。彼は新たに頓服薬の処方を書き変えた。時計を出してみて、四時半少し過ぎであるのを見た。今から一時間ばかり後に夕食をやって、食後一時間半ばかりして頓服薬をやるように命じた。そして、翌朝の尿を取って置くように命じた。
彼はやがて辞し去った。木下と雅子と河村とが玄関まで送ってきた。靴をはきながら彼は云った。
「悪い方ではありません。あれで落付くでしょう。今晩はよく眠らした方がいいですね。余り大勢より、看護婦か誰か一人起きていれば充分でしょう。」
病室に帰ると、皆はまた沈黙がちになった。木下と河村とは画室の方へ出て行った。信子は婆やと共に食事の仕度にかかった。
人が居なくなると、啓介は大きく眼を見開いて、母の顔を眺めた。
「お母さん、済みません。」と彼は云った。
「まあ何を云うのです。もう済
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