るのもいいし、昼寝をするのもいいし、外を歩くのもいいし……。そうそう、啓介は覚えてるかね。私が十二三で、啓介は五つか六つだったでしょう、よく中野や目黒あたりに出かけたもんです。あの辺はまだ全くの田舎でしてね。」そして彼は、その頃の話を一人で饒舌り続けた。「啓介がどうしても私に負《おぶ》さるといってききません。私もやけになって、啓介を負《おぶ》ったままむちゃくちゃに馳け出すと、切角腹一杯つめ込んでおいた筍飯を、すっかり吐いてしまったことがありましたっけ。それから……。」
河村はふと不安な気分になって、話を止してしまった。皆が、ぽつりぽつりと置かれた将棋の駒のように黙って坐っていた。
四時頃に本田医学士が来た。木下が玄関に出迎えた。本田は玄関に並べられた下駄を見ながら云った。
「用事のために少し遅くなりましたが、皆来ていられるようですね。どうでした?」
「却って宜しかったようです。」と木下は答えた。
「そうでしょう。人の感情には程度があるもので、如何《どん》な場合にも身体に障るほど激動することは、まあないですね。」
彼はつかつかと病室にはいっていった。
午後一時半の看護婦の検査によ
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