おくのはいいことだと思う。」
木下も信子も、何とも答えかねた。問題が余りに真剣であるのを彼等は感じた。啓介は云い続けた。
「木下、僕は君に大変迷惑をかけた。君の仕事の邪魔ばかりした。然し許してくれ。君一人が頼りだったのだ。君が居ないと、僕は淋しくて堪らなかった。側で君の顔を見ないと、君がどうしてるか分らなくなって、君を取り失うような気がした。僕は溺れていた。だんだん下の方へ沈んでゆく。何かに取り縋ろうとあせっていた。君は水に浮いてる藁屑だ。……藁屑だっていいじゃないか。僕がそれに縋りつこうとしていたんだ。信子も僕と一緒に溺れていた。僕を見捨てて一人で泳いでいる。苦しくなると僕につかまってくる。僕はそれを蹴放してやった。深い所へ沈んでいった。何処へ行ったか分らない。僕一人なんだ。監獄に禁錮された者の気持ちが、僕には想像出来る。真四角な室、堅い鉄の扉、息が苦しくなるほど狭い世界だ。誰かが僕に毒を盛ろうとしていた。僕は黙って横目でちらと見て取った。そして笑ってやった。すると……。」
彼の言葉を遮らねければならなかった。木下は彼の手を握って、「岡部、岡部!」と云った。そして手を打振った。啓
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