っぽい寒い風が雨戸に音を立てた。婆やは早くから寝た。木下も、その日静かだった啓介の様子に少し安心して、早く床についた。
啓介は眼を覚していた。風の音に聞き入っていた。頭の調子がぴんと張りつめて、凡ての事象が冴え返っていた。
「信子!」と彼は呼んだ。
「はい。」
「木下君は?」
「もうお寝《やす》みなすったようですわ。」
暫く沈黙が続いた。
「信子!」と彼はまた呼んだ。
「はい。何か御用?」
「木下君を呼んでくれ。」
「でも、もう寝んでいらっしゃるから、明日になすったら。」
「いや今すぐに用があるんだ。話したいことがある。呼んでおいで!」
思いつめた鋭い光りが彼の眼に籠っていた。信子は高子と顔を見合した。そして躊躇した。「気に逆らわない方がいいかも知れません、」と高子は囁いた。
信子は木下を呼びに行った。木下は床にはいったまま眼を開いていた。彼は信子の姿を見ると、すぐに事情を直覚した。いきなり飛び起きて着物を着た。
「私何だか気掛りで……。」と信子は云った。
「大丈夫、安心していらっしゃい。」と答えて彼は彼女の手を握りしめた。
病室に行くと、啓介は逃げてゆく幻を追うように、天井
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