間おき位には湿布を取り代えるように命じた。それから、一日に四回の注射を命じた。高子は、渡された淡褐色の注射液を眺めて眉を顰めた。
 彼女は本田氏を玄関まで送っていって、一寸躊躇した後に云った。
「神経が大層興奮しているようですが、脳症を起すようなことはありませんでしょうか。」
「そうですね。」と彼は一寸考えた。「……なに起しても大したことはないでしょう。」
 そして実際、高子の言も本田の言も、共に的中した。軽微な間歇的なものではあったが、明かに脳症の性質を具えていた。
 病室に人が居ないと、啓介はよく上半身を起そうとした。じっと空間に据った眼付に凄い光りを帯びて瞳孔が開いていた。両腕には異常な力がはいっていた。容易に信子や高子の思うままにならなかった。然し木下の言葉には素直に従った。床の上に構わると、顔面の筋肉を硬直さしながら、手指を痙攣的に震わした。彼は木下をすぐ側に呼んで云った。
「僕をこの室に一人置きざりにしてはいけないよ。」
「そんなことをするもんか。」と木下は答えた。
「然し信用出来ないからね。」
 その言葉は真実だか皮肉だか分らない調子のものだったが、一種悲痛な力が中に籠っ
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