、啓介と信子と木下と三人の間に、次第に円滑さが失われてゆくのを見た。彼女は病人に同情した。木下か信子かが病室に居る時には、一種の反感から隅に引込んで澄していた。然し病人一人になると、心から看護を尽した。苛ら立っている病人の感情に、出来るだけ障るまいとした。夜も遅くまで起きていた。
 木下と信子とが、病人の容態は次第によくなってゆくように考えていた間に、高子は容態が却って険悪な方に傾いてゆくのを見て取った。前後二ヶ月に亘る病気に弱りはてた身体の中に、心臓の衰弱と精神の興奮とが続いていった。一方では、心臓痲痺を起す恐れがあり、一方では脳症を起す恐れがあった。その最中に彼は無理に起き上ろうとした。彼の身体にとっては、壮者には想像だに及ばないほどの努力であった。急に熱が三十九度二分に上った。それは一時的の熱ではあったが、心臓と脳とには大なる打撃であった。
 初めから病人を診《み》ていた本田医学士は、木下を影に呼んで云った。
「心配なことはありませんが、今が大切な時期ですから、出来る限り安静にさせなければいけません。」
 木下は黙って頭を下げた。
 本田医学士は、吸入を一切止さして、少くとも三時
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