た。
「どうしたのだ?」と木下は云った。
 看護婦と信子とは黙って眼を見合った。
「なあに、」と啓介は落付いた声で答えた、「起き上れそうな気がしたので、やってみると、すっかり失敗《しくじ》ってしまった。」

     七

 看護婦の尾野高子は、現金な看護婦だと啓介が云ったほど、忠実に己の務めを尽した。いつどんな変化が患者に起るかも知れないと、彼女は気遣った。
 啓介は初め、感性感冒に罹った。次で気管支加答児と肺炎とを併発した。熱が下っても回復期が長かった。その間を待ちきれないで、まだラッセルが残ってるうちに、彼は無理をして起き上った。或る日外出して雨に濡れた。そして再び高熱に襲われた。床に就いた時、腹部に拇指大の塊りが出来ていた。盲腸炎の疑いがあったが、やがてその疑いが晴れると、病原が不明になった。然し間もなくその塊りは無くなった。然しその時には、肺炎の方がだいぶ進んでいた。――この頃に、尾野高子は看護にやって来た。――ひどい血痰と高熱とが一週間余り続いた。心臓が次第に弱ってきた。熱が三十八度以下になっても、脈搏は百十位の所を上下した。彼は病院にはいることを承知しなかった。
 高子は
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