「まだ、だって? 前から僕に頭痛がしていたことを知ってたのか。」
「あら、そういう意味では……。」
「あら、だけ余計だ。お前はいつも中途半端な間投詞を使ってごまかそうとしてる。」
「まあ何を仰言るの、私いつも嘘を云ったことはないじゃありませんか。」
「うむ、お前はいつも不自然な言葉は使わないし、不自然な態度はしないと云うんだね。僕が何かしても、澄し込んで知らん顔をしてるのが、お前にとっては自然なんだろう。」
「でも私が何かすると、あなたはいつもうるさいとか静にしておいてくれとか仰言るんですもの。」
「だからほうっとけというんだな。」
 信子は口を噤んで何とも答えなかった。
「ほうっとけば向うから折れてくると思ってるんだな。」
 信子はまだ黙っていた。
「お前の方がいつも勝つにきまってるよ。病人と達者な者との戦だから。」
「あなた! そんなことを……。私出来るだけのことはしてるつもりなのに。」
「そして出来るだけ我慢《がまん》してるというんだろう。然し病人には我慢は出来ない。我慢強い方が戦には勝つにきまってるさ。僕はいつも負けている。然しお前との戦に負けたって、僕は別に口惜しくもないだけ
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