に鍛えられてきた。僕が悪ければいつでもあやまるよ。」彼の皮肉な調子はいつのまにかしみじみとした調子に変っていた。「然し僕にあやまらせないようにしてくれるのがお前の役目だ。僕は非常に疲れている。疲れている僕をいたわってくれるのがお前の役目だ。僕は非常に淋しい。淋しいから苛ら苛らするのだ。お前の心がこの頃は少しも分らない。お前の身振り、お前の言葉の意味、お前の眼付、お前の顔色、それらのものに包まれてるお前の考え、それは僕に分りすぎる位はっきり分っている。然し僕が知りたいのはそんなものではない。もっと大きな深いお前の魂だ。お前の本体と云ってもいい。それを僕はとり失ったような気がしている。僕に何もかも云ってくれないか。僕はお前に何も咎めはしない。僕の病気が悪いのだ。僕は死ぬかも知れないんだ。」
「いえいえ、そんなことが……。」と信子は叫んだ。
「お前はいつもそう云う。然し、僕が全快しさえしたら……という希望が、お前の心には無くなってるようだ。いや僕自身の心にも無くなってるような気がする。どちらが先にそうなったか分らないが、そういう行きづまった気分を、僕達は互に通じ合っている。一番悪い状態だ。僕
前へ 次へ
全106ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング