とがあるが……。」
木下は信子の顔を見た。彼女は彼をじっと眺めていた。その眼にはもう先刻の淋しい色はなくて、ただ露《あら》わな、自分を投げ出した余りに露わな輝きのみがあった。その輝きに引き込まれて、彼が彼女の瞳に見入ると、彼女は俄に、ちらと一つの瞬きでその瞳を大きな影に包み込んだまま、眼を伏せてしまった。
赤く焼けた煖炉の光りが、薄暗くなりかけた室の中に、彼女の姿を横からくっきりと輝し出していた。火に軽く熱《ほて》った頬、皮下に汗ばんでるような滑らかな額、無雑作に束ねた乱れがちな髪、それらを支えてる丈夫そうな頸筋、頸筋からじかに上膊へなだれ落ちてる肩の線、襟をきつく合した着物の下には、凡てが球面で出来てる硬い弾力のある処女らしい肉体、――木下は、以前岡部に連れられて時々行ったカフェーで見た彼女を、今再び見出したような気がした。ただ眼前の彼女は身動き一つしないでじっと眼を伏せているのみであった。彼はその横顔を見入りながら、やがて云った。
「あなたは私に、あなたの肖像を描かせるつもりですか。」
「いいえ。」と信子は静に答えた。
それから彼女は急に立ち上って、低い声で云った。
「私もう
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