うに描けないんです。」
「私本当はその絵を余り好きませんわ。何だか暗くって淋しすぎますもの。」
「然し樫も叢も皆枯れはてたものばかりのつもりですから……。私はもっと深刻な陰惨な気分を出したがって苦しんでいます。」
「ええ、それは私も存じていますが、そんな絵より、もっと明るいものの方が嬉しい気がしますの。私その絵を見てると心が悲しくなってきます。何もかも枯れたものばかりだなんて、思ってもぞっとしますわ。何か悪いことが起りはしないかというような気がして。」
「え、あなたは岡部君の……。」
「いえいえ、」と信子は口早に遮った。「そんな意味ではありませんわ。……岡部は私に……肖像を描いて貰えって……。」
「あなたの肖像を私に……。」
「ええ、前から考えていたと云っていましたの。」
「そしてあなたは何と返事しました?」
「モデルになるのは嫌だって云うと、なにただ肖像を描いて貰うだけだからと岡部は云いますの。」
「それきりですか。」
「ええ。」
「岡部君はどんな話の時にそれを云い出したんです?」
「どんな話って……別に何でもありませんわ。」
「君に描いて貰いたいものがあると、岡部君はいつか云ったこ
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