室は寒かありませんか。」彼女は煖炉の側の椅子に腰を下しながら云った。
「いえ別に。……然し病室とは違いますよ。」
「そうですわね。私あの室に馴れているものですから、外に出ると急に寒いような気がするんですの。何だか自分まで病気になったような気がして……。でももう感染《うつ》ってるのかも知れませんわ。」
「なに大丈夫でしょう。第一感染る感染らないはその時の偶然の機会で、用心するしないは何の役にも立ちません。」
「まるでお医者様のような口振りをなさるのね。」
「いや実際私はそう思ってるんです。……然し肺炎は感染り易い病気でしょうかしら。」
「さあどうですか。」と信子は気の無さそうな返事をしたが、独語のような調子で云った。「私ほんとに困ってしまいますの。」
「どうしてです?」
「この頃何だか岡部の様子が変ですもの。私どうしたらいいか分らなくなってしまいましたわ。先《せん》にはよく岡部は私に何でも隠さず云ってくれましたが、……今でもよく種々なことを云ってはくれますが、肝腎な所をうちあけてくれないような気がしますの。遠廻しに種々なことを云っておいて、それっきり黙ってしまいますの。私にはちっとも岡部
前へ 次へ
全106ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング