いような所が……。」
 啓介は眼をつぶっていた。彼女は言葉を途切らして、彼が眼を開くのを待ったが、やがて云った。
「眠っていらっしゃるの?」
 啓介は眼を開いた。然し黙っていた。
「何を考えていらっしゃるの?」
 啓介はちらと眉根を寄せたが、すぐにその眉根を挙げて云った。
「僕は、お前の肖像を木下君に描《か》いて貰いたいと思ってるんだが……。」
「私の肖像を!」
「うむ。」
「いやよ、モデルなんかになるのは。」
「何もモデルになるというわけじゃない。ただ肖像を描いて貰うだけだから。」
「でも……。」
 彼女は上目勝ちに鴨居のあたりを眺めながら、身体を少し左に曲げた。そのため少し膝がくずれて、自然に腿から腰へかけて柔かな幾筋もの曲線を作った。曲線の中に歪められた肉体が快く波動していた。わりに細《ほっ》そりとして見える胸部から、ちぎって投げ出されたような円っこい両腕が、手応えのある重みを以てだらりと炬燵の上に置かれていた。眠りの足りない疲れた顔から、夢みるような濡った眼が覗いていた。啓介は、そういう彼女の肉体の表情を眺め、その表情を裏付けている彼女の感情を瞥見した、彼は眉根と鼻と上唇とのあ
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