でも、こんな嬉しいことはありません。ほんとに早くよくなって下さい。入院して早くよくなって下さい。」
彼女は室の中を見廻した。
「木下さんは?」と彼女はふと気がついたように尋ねた。
「病院に行ってるのでしょう。」
「そう。」そして彼女は信子の方を向いた。「あなたも、病院についていて下さいましょうか。」
「はい。」と信子は口の中で答えた。
「それから……、」と雅子が云いかけた時、信子は其処につっ伏して泣き出した。声を抑えながら、あとからあとからと咽び上げた。雅子も涙ぐんだ。啓介はつと起き上ろうとした。そして床の上にまた倒れた。高子が彼の身体を支えてやった。
「すぐに仕度をして置きましょう、いつでも病院に行けますように。」と高子は云った。「静にして被居いましよ。私に任しておいて下さい。大丈夫ですよ、あの病院ならそう遠くはありませんから。」
彼女は床の間の種々な物を取りまとめ初めた。信子も立ち上った。然しまた其処に坐ってしまった。涙がこみ上げて来た。雅子がその側にすり寄った。
「あなたにもほんとに苦労をかけましたね。悪く思わないで下さい。」
「いいえ、私は……。」と信子は云いかけて、声を呑
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