の務めだ。」
「ああ、入院しよう。種々なことは頼む。」
 二人共落付いていた。言葉の調子も静かだった。ぶっつかるべきものにぶっつかっていった後の安らかさだった。解決はしていなかった。然し苦しむことによって二人は解決の外に出ていた。木下は落ち凹んだ眼を、じっと畳の上に落していた。彼は云った。
「僕は君と交りを絶つ前に一言云っておく。生死を背景にした賭事《かけごと》は云わないようにし給え。これが僕の最後の忠告だ。」
「あり難う。」と啓介は答えた。
 木下は障子の硝子から外をすかし見た、晴れ渡った青い空があった。快い日の光りが一面に落ちていた。彼は暫く躊躇した。それから立ち上った。
「では行って来る。」
 彼はそのまま室を出て行った。
 室の隅に坐っていた信子は、俄に立ち上った。啓介は眼を閉じた。彼女は夢みるような眼を見据えた。肩を震わした。そして木下の後を追って行った。
 木下は画室に居た。マントを着ていた。信子がはいって来たのを見て、ぐるりと向き直った。
「何しに来ました?」と彼は云った。
 信子は一足退った。それから入口の扉につかまって、眼を見据えながら唇をかんだ。
「もうあなたは私に
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