り蒼ざめて、冷くなって、それでも、爪がつやつや光ってる手にハンカチをとって、南さんの涙を拭いてやった。その涙が後から後から出てきて、しまいに止んだ頃には、なんということだろう、南さんはもううとうと眠りかけていた。その寝顔を、山根さんはじっと見ていたが、大きく溜息をついて、それから南さんをむりやりに起し、二階の寝室につれていった。
 おれはそこに残って頭をかいた。――どうやらおれの童話は失敗らしい。おかしな人たちばかりだ。あんな恋人ってあるものか。それに、山根さんの着換えは更に訳が分らない。然し、まだどうなるか分ったものじゃない。おれには少し腑におちないことが多すぎるんだが……まあいいや。
 おれは正夫の寝てる奥の室に行ってみた。
 正夫はすやすや眠っていた。おれがその額に接吻してやると、少しきつすぎたか、正夫はぱっちり眼を開いた。
「どうして眼をさますんだい。」
「なにか、へんなものが来たんだよ。」
「夢だろう。」
「夢なんか、僕はみないよ。」
「なぜだい。」
「知らないや。よく眠るからだろう。」
「夢をみたかないかい。」
「みたかないよ。」
「なぜ。」
「みたってつまんないよ。眼をさ
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