答えた。
「ああ言ったよ。」
「そんなら、あたしを抱いて頂戴。さあ、しっかり抱っこして……。」
 南さんの膝にとびのって、その胸に顔を埋めた。だが、そそっかしいにも程がある、あぶなく手紙を取落すところだった。おれはそれを手伝って、オーバーの内ポケットに納めてやった。
 彼女は飛びのいた。
「もういいわ。あたし、南さんの心臓の音をきいちゃったから。すてきよ、ラブ・ユウ、ラブ・ユウ……といってるわ。きいてごらんなさい。」
 そして力任せに一人の女給を南さんの方につきとばした。
「あぶない。……登美子さん、どうかしてんのね。」
「してるわよ。あたし嬉しいんですもの。なんだか……なんだか……へんなのよう……。」
 歌いながら、向うへ行ってしまった。
 座がちょっと白けたが、白けたまま静まって、それが却って酒の味を増したかのようだった。南さんはにこにこして、チーズや水菓子を女給達に奢ってやり、すっかり腰をおちつけてしまっていた。そして元気でもあった。ただ、いつまでもオーバーを着たままでいるところを見ると、やはりどこか身体のしんが冷えていたのだろう。
 もうこれですんだ、という気持で、おれは退屈に
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