や腹巻まですっかり、とりちらされていた。腹立ちまぎれに自分で脱ぎすてたものか、或は、急病の手当に誰かが脱がして投げ出したものか、そういった有様で、片隅の衣裳戸棚はまるで忘れられていた。それから、南さんの服装のわきに、ベットの裾の方に、くしゃくしゃなタオルの寝間着が一枚、無雑作に放りだしてあった。それが全体の有様から見て、つまりこの室は、宿泊されたのではなく、寝られたに過ぎないのだ。
 十一時頃、南さんが突然起きあがった。ベットがゆらりと動いた。身体に不馴れなその動揺とシーツの感触とで、南さんは初めて正気に返ったらしく、室の中を見廻した。血のけのうすい膨れた顔をしている。暫くして、彼はのこのこベットからおりてきた。寝間着の前がはだけてるのに気がついて、紐をむすんだ。しきりに頭をかしげながら、室の中を一通り見調べた。それから窓のカーテンをかかげて、外を眺めた。
 果して、曇り日のどんよりとした昼だった。すかし見ると、ばかに高い……。あちこちに、高層建築の頂が聳えていて、その間を垂直にえぐり取った深い深い谷底に、軌道が見える。電車が通る。自動車や自転車……豆粒のような人間……。冷々とした空気
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