知らせなければいけません。」
「そう、そうです。」彼は呂律がよくまわらなかった。「うちに、電話がないのは、実に不便です。」
「前以て予定がたたないような泊り方は、どうせ、よろしい泊り方ではありません。」
「そうです。まったく、よろしい泊り方では、ない……。」
「もうたくさん……。早くお茶でもあがって、おやすみなさい。」
「おやすみ、なさい。」
ふらりとのめりかかったのを、またもちなおした。
山根さんは、脱ぎすててある外套をとって、縁側で打振って、次の室に持っていった。そして間もなく戻ってきた。
「何かはいっていますよ。」
彼女は白い封筒を差出した。
「はいって、います。」
彼女は封筒をしらべ、封がしてないのを見て、中を開いた。そして読んだ。――登美子の手紙だ。宛名も署名もないものだ。――彼女は少し蒼ざめ、次に赧くなった。
「なんですか、これは……。」
とんと卓袱台を叩かれたので、南さんは初めて眼を開いた。
「読んでごらんなさい。」
南さんは紙片をとって読んだ。電気にでも打たれたようにきっとなったが、そのままじっと、室の隅に眼をやって考えこんだ。それから次に、不思議そうに山根さんの姿を眺めた。そして彼があまり黙りこんでるので、山根さんはまた紙片をのぞきこんで、も一度読んだ。
「どんな人が書いたものか、大体分ります。けれど、なんですか、その恋人というのは。」
案外落着いた調子だった。南さんはその声に耳を傾け、山根さんをまじまじと眺めた。それからまた眼をそらして、考えこんだ。そしてふいに云った。
「恋人か……なるほど、恋人、ですよ。人間でもないし、もちろん、神様でもないし、いや、やっぱり、恋人、です。そいつが、まだ、いないけれど、今に出てきます。奇蹟が、行われる……。」
山根さんは次第に蒼ざめて、頬の肉がぴくぴく震え、眼が大きくなっていった。
「誰のことですか、それは。」
「誰でも、ありません。」
低く呟いて、南さんはぐたりと横になってしまった。眼に一杯涙をためていた。それからふいに、卓袱台の上の紙片をひったくって、ずたずたに引裂いた。
「あんな奴に、分るもんか、畜生……、あなたにだって、分るもんか。やっぱり……僕には、恋人がいるんです。女でもない、男でもない、誰でもない……恋人だ。それが、いるんです。」
南さんの頬には涙が流れていた。山根さんはすっかり蒼ざめて、冷くなって、それでも、爪がつやつや光ってる手にハンカチをとって、南さんの涙を拭いてやった。その涙が後から後から出てきて、しまいに止んだ頃には、なんということだろう、南さんはもううとうと眠りかけていた。その寝顔を、山根さんはじっと見ていたが、大きく溜息をついて、それから南さんをむりやりに起し、二階の寝室につれていった。
おれはそこに残って頭をかいた。――どうやらおれの童話は失敗らしい。おかしな人たちばかりだ。あんな恋人ってあるものか。それに、山根さんの着換えは更に訳が分らない。然し、まだどうなるか分ったものじゃない。おれには少し腑におちないことが多すぎるんだが……まあいいや。
おれは正夫の寝てる奥の室に行ってみた。
正夫はすやすや眠っていた。おれがその額に接吻してやると、少しきつすぎたか、正夫はぱっちり眼を開いた。
「どうして眼をさますんだい。」
「なにか、へんなものが来たんだよ。」
「夢だろう。」
「夢なんか、僕はみないよ。」
「なぜだい。」
「知らないや。よく眠るからだろう。」
「夢をみたかないかい。」
「みたかないよ。」
「なぜ。」
「みたってつまんないよ。眼をさますと、すぐに消えちゃうよ。」
「眼をさましても消えないようなものが、何かあるかい。」
「あるじゃないか。いっぱいあるさ。」
「うん、そりゃああるよ。だけど、パパだって、おばさんだって、たくさん夢をみてるんだろう。」
「そんなこと、僕は知らないや。みてるとしたら、よく眠れないからだろう。」
「そうだなあ、よく眠れないのかも知れないや。そして君は、あまりよく眠りすぎるよ。」
「眠りすぎたって、いいじゃないか。」
「一人で先に眠るのは、淋しかないかい。」
「淋しいもんか。だけど、みんな先に眠って、一人であとから眠るのは、淋しいよ。」
「それじゃあ、死ぬのは。」
「死ぬのはちがうさ。」
「なぜだい。」
「死んじゃったら、もうおしまいだ。眼がさめやしないよ。」
「だってさ、生き返ることだってあるだろう。」
「生き返ったら、ほんとに死んだんじゃないんだ。」
「そんなら、地獄とか、極楽とか、天国とか、よみの国とか、あんなものはどうなるんだい。」
「嘘っぱちさ。」
「それでいいのかい。」
「いいじゃないか。生きてる間だけ生きてりゃいいんだ。ばかだな君は、いつまで生きてたいんだい。」
こいつは、全く
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