まで、とそういうつもりらしかった。南さんは三十七歳で、妻の死後ひどく憂鬱に沈んで、酒をのみ廻っていた。そして別にどうというわけがあってのことではなく、どちらからどうしたということもなく、南さんと山根さんとがへんな仲になった。でも山根さんの様子は少しも変らなかった。一人の女中を指図して、家事一切を厳格に仕切り、正夫を愛した。起床や食事や就寝の時間、お惣菜の種類、衣類の始末、洗濯の仕方、家具の配置、正夫の勉強――来年から小学校にあがるというので少しずつ文字を習わせていたのだ――交際の範囲及び程度、凡てのことが規矩整然と行われた。それから南さんの性慾の問題も適宜に。その上、山根さんは相当な財産をもっていて、ゆくゆくはそれを正夫に譲るという口吻をもらしていた。既に私財で南さんの家計を補うことも度々だった。そういうわけで、南さんは妻の死後、理想的な境遇に在る筈だった。毎日ある私立大学に勤めていて、専門の研究も大に進捗する筈だった。ところが、事実は逆で、南さんは次第に自暴自棄なところまで出てきて、酒をのむことが頻繁になり、道楽も度重ってきた。そして先夜のことなんか、どうも、おれには苦笑ものだ。尤も、おれがちょっとおせっかいをだしはしたが……。
 夜おそく、二階の書斎で、南さんと山根さんとが話をしていた。正夫も女中ももう寝入っている夜更けで、あたりはしいんとしている。南さんはふだんのなりだったが、山根さんは、寝間着の上に着物をひっかけ、細帯一つの姿だった。一度寝てからまた起き上ってきたものらしい。そして二人は、話をしていた……のではあるが、南さんは山根さんの膝に身を投げかけ、その胸に顔を埋めて、しくしく泣いているのだ。丁度、母親の胸にすがりついてる大きな子供みたいだった。大体、南さんは背が低くて痩せているし、山根さんは女として背の高い方で、肉体がおっとりと肥満し、脂っけの少い滑らかな皮膚をしていて、長く立っているか腰掛けているかしたら足に水気《すいき》がきて脹れそうな、そういう締りのたりないところがあり、そのくせ頬の肉附にちょっと険《けん》があり、その代り眉に柔かな円みがあって眼が細かった。だから二人が抱きあってるとしても、親子みたいで、少しも猥らな感じはなかった。
 これはいい、とおれは思って微笑した。
 だが、南さんは泣いてるんだ。
「……駄目なんです、僕はほんとに駄目なんで
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