、泣きたくなってくるんだ。自分が呪わしく、汚らしく、そして淋しくなって、もういてもたってもいられなくなる……。自分が悪いんだと、自分を責める。そして結局、彼女に忠実であろうと決心する。酒もやめ、煙草もひかえ、あらゆる執着をたち、自分を清く澄み返らせて、彼女に恥じないだけの者になろうと決心する。だが、その決心は、この次から……この次からと、順々に先に延されて、やはり僕は酔っ払い、ふしだらの限りをつくすんだ。」――おれは眉をひそめた。――「そういうわけで、こんどきりだということが、却ってふしだらになってしまう。そして昨晩みたいなことになる。ほんとに済まなかった。許して呉れ給え。どんな駄々をこねたか、よく覚えていないが、さんざん君を困らせたらしい。そしてあんなことになっちゃって……。僕は今朝、あのホテルのてっぺんで、全くやりきれない気持になった。君が黙って帰ってくれたのも、却ってよかった。自分が惨めになればなるほど、僕にはいいんだ。それで決心が実行出来る。自分を溝《どぶ》の中にぶちこみたいくらいだ。僕は君に感謝してる。みんな許してくれ。ほんとに君に感謝してることで、許してくれ。そして……朗かに握手しよう……。そのために、今日やって来たんだ。分ってくれるだろうね。」――南さんが真剣なだけに、おれもさすがに冷やりとした。――「僕は君を……愛してはいないが、好きなんだ。あのまま別れるのも嫌だから、感謝してることをはっきり云って、何事も水に流して、気持よく握手しよう。」
 登美子は石のように固くなっていた。南さんが手を差出したのも知らん顔で、ビールをあおった。
「ほんとに感謝していらっしゃるの。」
 強い視線をちらと向けた。
「ほんとだ。」と南さんは自ら頷いた。
「あたしも、感謝していますわ。」
 氷のような言葉だった。そして彼女は立上った。
「飲みましょう。あたし、酔っちゃうわよ。日本酒もってこよう。」
 彼女は向うの女給たちに呼びかけた。
「いらっしゃいよ。南さんから、さんざんお惚気きかされちゃったわ。きいてごらんなさい、素敵よ。」
 南さんはもう、快い――錐で痒いとこを突刺されるような感じらしい――微笑を浮べていた。
 おれは頭をかいた。どうもはっきりしないんだ。いろいろなことはよく分るが、それがみんなばらばらでまとまりがつかないし、南さんの話にしたところで、恋人なんて一体
前へ 次へ
全19ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング