しと、こういう風になったからって、それは、お互に愛し合ってる証拠にはならないでしょう。あの時、初めての時から、今までずっと、わたしたちは、愛するとか愛しないとか、そんなことは一言も口にした覚えはないじゃありませんか。ですから、あなたに愛する人が出来たり、再婚して奥さんを貰ったりなさる時には、わたしはさっぱりと出ていきますよ。そしてそれまで、こうしていたって、ちっとも差支えありません。あなたは、奥さんがいた時も、たまには、そして今でも、汚い女に接することがあると、告白をなすったでしょう。そんなのは……後味がわるいにきまっています。けれどわたしたちは、後味のわるいような思いをしたことがあるでしょうか。男と女と……満足させあうのはごく自然なことです。御飯をたべなければ、お腹《なか》がすきますし、お腹がすいたからって、芥溜《ごみため》をあさるようなことはしちゃあいけません。わたしたちの仲、濁ってるとお思いになりますか。いいえ、濁ってなんかいません。きれいに澄んでいますよ。お互いに……空腹でもなく、そしてきれいに澄んでいて、そして、愛するとか愛しないとか、そんな面倒なこともなく、落着いて仕事ができて、ごく自然な理想的なことじゃありませんか。それを、悩んだり、濁らしたりするのは、あなたの酒や道楽……それだけです。あなたが酒をひかえ、不潔な快楽をしりぞけなすったら、わたしたちはいつまでも清く澄んでいけます。それに、わたしには、子供の出来る心配もありません。子供の出来ない身体ですよ。気がついていられたかどうか知りませんが、わたしは手術を受けたことがあって、もう子宮がないんです。」
 これはすばらしい、とおれが思ってるのとまるで反対に、南さんはひどい衝撃を受けたらしく、山根さんの顔をじっと、まるで自分に憑いてるものをでも見るように、一心に見つめたが、次の瞬間には、がくりと崩れて、山根さんの肩にすがりついて泣きだし、山根さんも彼をかき抱いて、泣きだしてしまった。そして二人は、互にひしと、肉体を溶け合したいかのように、また永久に離れられないかのように、抱きあって泣いた。泣きながら、キスしあったり、身悶えしたり……。
 そのばかさ加減には、おれも呆れた。仕末に困ったが、頭を掻くだけにした。
 南さんは夢の中でのように云っている。
「僕はもう酒をやめます。不品行なこともしません。ほんとに誓い
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