鳶と柿と鶏
豊島与志雄

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)捕《と》る

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]
−−

       一

 丘の上の小径から、だらだら上りの野原をへだてて、急な崖になり、灌木や小笹が茂っている。その崖の藪に、熊か猪かと思われるようなざわめきが起り、同時にわっと喚声があがって、一人の青年が飛び出して来、次で子供が三人飛び出して来た。
 吉村はびっくりして、小径につっ立っていた。
 見ると、青年はたしかに李永泰である。無帽で、運動シャツ、学校の教練ズボンのお古らしいのをつけている。三人の子供は村の者らしい。李は吉村に気がつかないのか、子供たちとふざけながら、片手で栗の実をもてあそんでいた。
 吉村がじっと見ていると、やがて先方でもその視線を捉えたか、李は吉村の方をすかし見たが、ほうというように口をあけて、野原をつっきり走って来た。
「吉村先生ですか。こんなとこに、どうしていらしたんです。」
 随分久しぶりな筈だが、そんなことはどうでもよいのであろう。吉村が此処に来てふのが、ただ不思議らしい。
 一週間ばかり前から、急な仕事をもって、三週間ばかりの予定で、その海辺の粗末な宿屋に来てることを、吉村は微笑みながら話した。
「あんなとこで、仕事なさるのですか。」
「どうして。」
「あすこは、つまらないでしょう。」
 その口振が、どうやら、小説家などという者はいつも華かな雰囲気にばかり住んでるものだと、そういう風なので、吉村はただずばりと云ってやった。
「あすこは、秋になると、安直でいいよ。」
 気持がはっきり通じなくて、眼をしばたたいてるのへ、吉村はたたみかけた。
「君はまた、どうして此処へ来てるんだい。」
「僕ですか、別荘の監督です。」
「かんとく……。」
「ええ。志田さんの別荘、ご存じありませんか。」
 真顔で云ってるのかどうか分らなかったが、よく聞いてみると、志田さんの家族の人たちがその夏来ていて、東京へ帰って行く時、李は雑用の手伝いに来たが、そのまま当分、別荘番のところに居残ってるものらしかった。
「おーい、みんなやるよ。」
 李は振向いて、草原で遊んでる子供たち
次へ
全12ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング