は全く普通の女の動作にすぎなかったが、茶をのむ時の手附からちょっとした身振までが、へんにぎくしゃくした直線的な君枝であるだけに、普通の動作が却って目立ったのである。先日、初めて李と一緒に来た時の素振までも思い出された。先日は虚を衝かれた思いだったが、此度はなんとなく楽しく、彼女のために悦んでやりたい思いだった。
 このぶんでいったら、彼女もだんだんよくなるだろうと、吉村は考えた。勿論それは病気のことではないし、何がどうよくなるのか彼にも分らなかったが、とにかく明るい気分が懐かれるのだった。
 吉村は仕事を急いだ。仕事がすんだら二三日ゆっくり三人で遊び廻ってみたかった。
 そうしたところへ、全然意想外なことが持上った。
 ある夕方、食後の散歩に、三人で丘の方から街道へおりかかる時だった。
 街道を、彼方から、正服の巡査と労働者らしい男とが、肩と肩をくっつけるようにして歩いて来た。双方から次第に近づいて、男は黒のジャケツに地下足袋で、どうやら半島人らしいと見分けられた。二人の姿は七八木の杉の木立に隠れたが、そこからまた現われかけたとたんに、男は二三歩走りだし、それを片手の捕繩で引戻されたものか、両腕をひろげ横向きになり、そこへ巡査の足払いが利いて、ばったり地面へ倒れた。倒れたが、すぐ四つ匐いになり、突然、吼えるような喚くような声で叫びだした。襟元を捉えて引起されかけても、彼は必死に大地へしがみつくような恰好で、その声は明らかに泣き叫びとなった。泣き叫びながら、片手と両足とで地面に※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いた。
 自転車での通行人が立止り、村から人が走り出て行った。そしていつしか男は叫び声を呑み、じっと顔を伏せ、此度は両手を後ろに縛られながら、巡査の先に立って、人々の間を歩いて行った。それが、吉村たち三人のすぐ前をも通りすぎた。
 後を見送って、しばらく無言で歩いた時、ふいに、君枝が李に尋ねた。
「あの男がさっき叫びだしたでしょう、あれどういう意味ですか。」
 あまりに場合を得ない言葉だった。やや返事がなかった。
「僕は知りません。」
「別に意味はないでしょう。」と吉村も殆んど同時に云った。
「あの抵抗も無意味ですわね。……でも、卑怯ですわ。」
 返事がなく、彼女はなお云い続けた。
「先生、そうお思いになりません。言葉の内容は民族によって大変ちがいま
前へ 次へ
全12ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング