執拗な眼付をじっと見据えて、手先をわなわな震わしたが、顔の下半分がだらりと弛んで髯もじゃの※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]へたらりと涎が流れた。
 つる[#「つる」に傍点]はぞっと立ち竦んだ。煤けたランプの光りが真赤だった。
「おつる[#「つる」に傍点]坊、俺平吉より強えぞ。」
 額に皺を寄せて差出してる首を、きょとんと一つ打振ってみせた。
 つる[#「つる」に傍点]は釘付にされたような足を一歩退る途端に、土間に転ってた椿の実を一つ踏えて、危く倒れそうになったのを、立ち直る拍子に思いついた。
「お前が強えたあ知ってるだが、頭が臭えから、これで洗ってみねえよ。」
 先刻叩き割ってきた椿の実を、皮ごと土瓶に投り込んで、竈の上の自在鈎に掛け、上から水をじゃあと注ぎ込んだ。溢れた水が竈の焚き残しへ落ちて、ぱっと灰神楽が立った。
「煮立った後の湯で洗うだよ。」
 気勢を挫かれてぼんやりつっ立ってる久七へ、彼女は尋ねかけた。
「お前ほんとに癒ったのかあ。」
「うむ。」と彼は首肯いた。
「じゃあおらもう来ねえよ、一人でやるがええ。」
 口早に云い捨てながら、彼女は表へ駆け出してしまった。

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