僕は是非ともつかまえてやりたくなって、どこまでも追っかけていった。
「なぜ逃げるんだい。一緒に手をつないで崖から飛び込もうよ。もうこうなったら仕方ないから。」
後から呼びかけても、返辞もしないで逃げてゆく。その後を追って、僕は崖の上をだいぶ長い間歩いた。すると、彼はふいに立止って、僕の方を恐ろしい顔で睥みつけた。僕も喫驚して立止った。
「何だって追っかけてくるんだ。」
「だって、一緒に手をつないで[#「つないで」は底本では「つけないで」]崖から飛び込むつもりじゃないか。」
「馬鹿だな、君は。」
「なぜ。」
「一人じゃ飛び込めないのか。一人で飛び込めないほどなら、僕を誘わない方がいい。」
僕が文句につまってぼんやりしてると、彼はどう思ったのかいきなり崖から飛び下りようとした。それを見て僕は気がふらふらとして、無我夢中で崖から飛び下りた。ざらざらした砂の急斜面で、止度なく滑り落ちたようだったが、不思議に怪我もしないで、ひょっこりと芝草の上に落ちついた。が僕はもう立上る気力もなくて、ぼんやり其処に屈み込んでいた。男はどこへ行ったのか影形も見えなかった。
だいぶたってから気がついてみると
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