と茂ってる荒地だった。それを突きぬけて少し行くと、高い崖の上に出てしまった。木の枝につかまって覗いてみると、遙か下の方に水音がしていて、冷たい霧が吹き上げてくる、底の知れない深さなんだ。山崩れでもした跡らしく、ざらざらの砂が殆んど垂直の斜面をなして、下るには飛び込むの外はなかった。
 僕はどうしようかと暫く佇んでいた。ふと気が付いてみると、右手の方十間ばかり先に、先刻の男がまたぼんやりつっ立っていた。僕がその方へ向き返ると、男も僕の方へ向き返った。そして僕達は長い間見合っていた。
 その時僕ははっきりと知った。僕が崖から飛び下りれば、その男も飛び下りてしまうに違いないし、僕が其処に屈み込むか後に引返すかすれば、その男も同じようにするに違いない。
「飛び込んでしまおうか。」と僕は云った。
「ああ飛び込もう。」と向うで答えた。
 で僕は崖から飛び込んでしまうつもりで、その縁まで手探りに歩み出た。と僕は非常に淋しくなって、彼の方を振向いた。
「飛び込むなら一緒に飛び込もうよ、手をつないで。」
 そして僕は二三歩後退りをして、彼の方へ歩き出してゆくと、彼は僕が進むのと同じだけ退ってゆく。それを
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