る。いくら高い所から覗いたって同じことだ。これは一体何故だろう。
そういう風に考えてくると、狭い庭の片隅の桃の木の根本から、すいすいと伸び出てる若芽の生長が、非常に羨しくまた驚異に感ぜられた。若芽の伸びてる方向を辿って仰ぎ見ると、昼間は無窮の蒼空が澄みきってるし、夜には無数の星が閃めいていた。
空澄む、星光る、……そうだ、そういう感じこそ常に胸の底に懐いていたいものだ。所で自分の生活は……。いや外的生活はともかくとして、せめて内的生活だけでも光あるものにしたい。考えて見ると、たとい高い所から覗かれてもびくともしないくらいに、常に晴れ晴れと輝いた心境でいたことが、今迄にいつかあったかしら、今後いつかあるだろうかしら。一体どうしたらいいのだろう。空澄む、星光る、そういった感じにしっかり根を下した世界が、どうしたら開拓出来るものかしら。とそんな風に僕は思いなやんで、毎日毎夜空を仰いでは、はてしない空想に耽ったものだった。
そしてふと思いついたのが、何処か高い山に登ってみようということだった。齷齪とした人事に濁り汚れた頭を、高山の霊気で洗い清めて見たら、或は自然と新たな心境が開けるかも知
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