は電報で東京へ呼び戻された。――サカモトシススグカエレ、というのだ。坂元というのは僕の親友で且つ畏友だった。非常に頭の冴えた男で、その年大学の哲学科を卒業したのだったが、文芸なんかに対しても、専門の僕以上に深い見解を持っていた。平素病身ではあったが、肋膜炎をやったというだけで、どこといって特別の病気はなさそうだった。それが死んだというので、僕は少なからず驚かされた。後で分ったことだが、八月末から腸チブスにかかってぽっくり逝ってしまったのだった。
 僕は坂元のことをいろいろ考えながら、すぐに帰京の仕度にかかった。電報は午後の四時頃ついたのだから、それから仕度をして出発すれば、夜の最終列車に乗れる筈だった。所が間の悪いもので、前日の豪雨のために山道が破損して、漸く通っていた俥までが不通だという。それじゃ歩いてやれという気になって、草鞋ばきで提灯の用意をして出かけた。荷物は後で宿屋から送って貰うことにした。
 温泉から停車場までは五里の下り道で、六時少し過ぎに出かけたのだが、十時近くの列車までには向うへ着ける自信があった。溪流に沿った物凄い山道ではあったが、僕はこうして君に夜道の話をしてきか
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