ゃあこんどはそんな下卑たんじゃなくて、もっと上品なのを話してきかせよう。が先ず、煙草を一服さしてくれ給え。

      四

 これは前の話からずっと後で、僕が大学卒業に近い時のことだった。
 その頃僕は各方面に生長し続けていて、云わば生活機能が最も盛んに活動していた。夜遅くまで酒を飲み廻ったり、旨い物を探し歩いたり、時には女を買うこともあるし、また真剣に恋文を書きもするし、一方では真面目に勉強もして、あらゆることに好奇心が持てた。身体も至極丈夫だった。
 その年の夏の休暇に、卒業論文を書きに、僕は或る山奥の淋しい温泉へ行った。所が卒業論文なんてなかなか厄介なもので、初めはなに訳はないと高をくくっていたのが、いざとなると非常に手間取れて、九月になってもまだ半分も書けていなかった。で僕は八月一杯で帰る予定だったのを延して、九月末まで滞在することにした。どうも東京に帰ってもまだ暑いし、学校の講義は十月にはいってから気が乗り出すのだし、九月一杯はその山奥に落付いてる方が得策だった。そうきめてしまうとまた呑気になって、少しずつ論文を書き続けながら、ゆっくり構え込んでいた。
 所が二十日頃、僕
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