かった、がらがらがらがら、すぐ後に空車の音がやってくる。
堰の近くになった時、其処は田圃より少し小高い道になっていたが、ふいに空車の音が止んだ。はてな、と思って振向くと、男は片手で車の柄を支え、片手で着物の前をめくって、提灯のかすかな光にも白くはっきりと分るほどに、勢よくしゃあーと飛していた。僕は一寸呆気にとられたが、自分でも何だか用を足したくなって、道端から側の低い田圃の方へ、同じく勢よくやっつけてやった。
用を足してしまって、不思議にもその男へ一寸親しみを持ちかけて、心持ちに足を止めてると、男は頬骨の張った赤黒い顔に――僕はその時初めて彼の顔を見たのであるが――人なつっこい和らぎを浮べて、がらがらと足早に追っついてきた。
「見馴れねえ人だと思って用心していただが、わしの考え違えだった。」
いきなりそう云いかけて、わけを話してくれた。――そこの堰で、身を投げるか落ちこむかして死んだ若い旅人があった。そして時々、その亡霊だかその臓腑を食った河童だかが、夜更けに通りかかる者をなやますのだそうだった。車を引いて通っていると、車が次第に重くなってくることがある。そいつが車に乗っかるから
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