見向いた彼の眼が、闇の中に異様に光ったようだった。が僕は気にも留めないで、とっとっと歩いてゆくと、後ろから空の車が、小石まじりの道にがらがらついてくる。早く歩けば歩くほど、同じ早さでがらがらついてくる。それがやがて気になりだして、せめて話でもしようと思って、僕は足を少しゆるめながら、それでも何だか後を振向けないで、真直を向いたまま、友人の姓を名指して知ってるかと尋ねてみた。
「知らねえよ。」
ぶっきら棒に云いすてて、後はただ空車の音だけが、闇夜のしいんとした中に響いてくる。僕はまた云ってみた。
「よく闇の夜に燈火《あかり》もつけないで車が引けますね。」
「馴れてるから引けるだよ。」
それっきりもう話もなくて、二人は長い間黙って歩いていった。空車の音だけが、がらがらがらがら呆けた音を立てている。聞き馴るれば馴るるほど気にかかってくる音だった。この男は一体何だろう、とそんなことを僕は考え初めた。そのうちに遠くから、ごーっと堰の水音が聞えてきた。初めは何の音だか分らなかったが、近づくにつれて愈々それだとはっきりすると、変に僕はぞーと寒気《さむけ》を感じた。独りでに足が重くなって早く歩けな
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