ようというので、僕と母とは露の冷たい草の上に坐った。東の空が色づいてきたというだけで、まだあたりはぼーっとした星月夜だった。
 僕は何にも云うことがなくて、母の側に黙って屈んでいた。そして、葦の葉の長い隧道をくぐってきた間、母が一度も僕の手を引いてくれなかったことを、ぼんやり思い出していた。
 それから僕はどうして母に別れて一人で家に帰ったか、さっぱり覚えていない。或は其処まで母について行ったのも、夢だったかも知れないような気さえする。それでも、夢にしては余りにはっきりしすぎている。その時のことが細かな点まで浮彫のように頭の中に浮んでくる。
 果してそれが本当だったか夢だったか、僕は母に尋ねてみようと思ってるが、遠くにいる母にわざわざ手紙で問い合せるほどのことでもないので、今もってそのままになっている。然し僕の感じから云えば、確かに本当のことだったのだ。
 なに、全く夢のような話だって、まあ待ち給え、だんだん面白い話になるから。だがまあ一寸煙草を一服してからにしよう。

      三

 中学の三年級の時だった。僕は或る春の闇夜に、山裾の道を二里ほど歩いたことがある。
 その頃僕等の
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