、それが顔にかかって気味悪かった。葉末の露が着物の袖を濡らした。それでも不思議なことには、葦の葉を押し分けて通ってるのに、かさともさらりとも葉擦れの音がしなかった。しいんとしたそして爽かな夜で、葦の葉の隧道の天井の少し開いてる所から、きらきら輝いてる星が見えていた。
「随分長い堤ですねえ。」
「ああ長いよ。」
 それっきり母はまた黙って歩いてゆく。僕も後れまいと足を早めた。がいくら行っても同じ堤防で、なかなか向うまで出られそうになかった。こんな所にぐずぐずしているうちに、夜が明けてしまやすまいかと、僕は気が気でなくなってきた。昔は追剥が出たと聞いたことのあるようなその堤防に、いつまでも引っかかってたらどうなるだろう。
「夜が明けやしないかしら。」
「まだなかなかよ。」
 それでも僕には、もう東の空がほんのりと白んできたように思えた。そして実際、不意に葦の茂みが無くなって、その高い堤防の上から、向うにぽつりぽつりと真白な花の咲いてる蓮田が見渡された時、振返ってみると、東の空の裾がぼーっと薄赤く染っていた。
「ほら。」
 僕が立止って眺めたので、母も立止って眺めた。そして、ここらで一休みし
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