味噌かなんかで、火葬場の隠坊達からひそかに手に入れて調製されてたものかも知れない。
母はその薬のことを聞いて、溺れる者が藁屑にでも取付くような風に、一途に信用しきったものらしい。そして、父へは勿論誰にも内密にして、自分で薬を買いに出かけて行った。が僕にだけはひそかに打明けてくれた。其後父がそれをのませられて、夥しく下痢したものを、或る暗い晩に、母は僕に龕燈提灯を持たして、屋敷の隅の竹籔の影に埋めてしまった。そして恐い眼付で睥めながら、誰にも云うんじゃありませんよと念を押した。それで僕は今日まで黙っていたが、つい口が滑ってしまったのだ。が話というのはその薬のことじゃない。
母はその薬を買いに一人で行ったのだが、父が病気で寝てるし、誰にも内密なものだから、どうしても日帰りに帰って来なければならなかったらしい。それで何かの口実を設けて、夜中の二時か三時頃に出かけていった。夜中の二時か三時と云えば、丁度|丑時参《うしのときまい》りの時刻じゃないか。実際その時母は、丑時参りでもするような甲斐甲斐しい気持だったに違いない。
村から鉄道の駅まで行く四里の田舎道は、どんな処を通っていたのか僕は今
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