原に向って、君は本当に照子さんを愛しているのかと、真面目くさって尋ねたことがありましたが、その裏には、既に照子から意中の告白がなされてることが明かでした。場合によっては僕が一肌ぬいでやると、三浦さんは最近に言いましたが、その裏には、照子からいろいろ相談されてることが仄見えていました。照子はなぜ直接に木原に相談しなかったのでありましょうか。
 ――おう、すべてが三浦さんだ。そして俺は一体何だろう。彼女の愛情の対象ではあっても、彼女の相談相手ではないのだ。
 木原は空を仰いで息をつきました。曇ってる上にもはや暮れかけて、ただ茫漠たる思いだけが反響してきました。彼は夢のことを思い出しました。あの時、彼女はなぜいつも黙っていたのでしょうか。あの海岸で、なぜ彼について来なかったのでしょうか。
 丘陵地帯の崖上の、空襲による広い焼け跡で、ぽつりぽつりと小さなバラックが建ってる中に、道幅も定かでない昔の街路が真直に通っていました。それを、二人はゆっくり歩いてゆきました。
 焼け跡の耕作地をまだらまだらに被っている淡雪を見ながら、木原は言いました。
「照子さん、あなたは本当に私を愛して下さいますか。」
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