、一種の誇りに似たものが、あなたの語調には籠っていました。それが次第に私の心を苦しめました。
「一口に言いましょう。あなた方は、あなたを含めてあなた方は、私とは異った種族です。私とは違った空気を呼吸してる人々です。そして私はそういう人々を、本能的に嫌悪します。自由とか平等とか人間性とかいう名のもとに、いろいろ理由づけも出来るでしょうが、そういうことをぬきにして、私はただ本能的に嫌悪します。本能的に……だから打明けて言えば、あなたのお父さんの森村源五右衛門という名前も嫌いです。私の名前だって一向香ばしくはありませんが、然し、源五右衛門は少しくひどい。名前は父親がつけてくれたもので本人の責任ではないとはいえ、改名することも出来るじゃありませんか。
「三浦さんがいくら骨折って下さろうと、また私とあなたが如何に愛し合っていようと、森村源五右衛門のお嬢さんと一介の出版編輯者の下っぱの木原宇一との結婚は、これは出来ますまい。私ははじめ結婚のことを殆んど考えていませんでしたが、それを考えねばならない段になって、そしてあなたからいろいろな話を聞いてるうちに、結婚の可能性が次第に薄らいでいった、そのことが私は悲しいのです。悲しい余りに酒を飲みました。酔いました。ねえ、酔っても宜しいでしょう。酒は純粋です。酔いは純粋です。少くとも人間ほど複雑不純ではありません。」
 照子は黙っていた。
 土地はますます荒凉たる趣きを増してきた。街道にも石ころが多くなった。だが私達は、互に後れもせず先立ちもせず、相並んで進んでいった。
「私はあなたを愛することに変りはありません。胸が苦しくて息が出来ないほど愛しています。別々な個体であることが悲しく、一つに溶け合いたい思いです。そうなのに、あなたはなぜ森村源五右衛門のお嬢さんなのでしょう。どうしてそうなんでしょう。」
 街道は海に突き当っていた。そこは崖になっていて、崖の下には満々と海水が湛えていた。私達はそこに屈みこんで、海を眺めた。もう私も口を噤んだ。言うべきことも、考えることも、一切が無くなった。時間も停止した。絶対の静けさだった。
 崖下の海水がひいていった。干潮時なのだ。私達は立ち上った。そして照子は崖上に残り、私は崖下の砂浜へ降りていった。左手にまるく彎曲してる海岸線の、その彼方に、賑かな町家の一廓があって、そこに多くの酒があった。私はその方
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