、つまり、現在の境涯に不満で新しい境涯を待望するというようなことは、若い女が男に向って訴える場合、時とすると、愛の告白ともなることがあります。あなたの場合も多少その色合がありました。そしてあなたの言葉は私の心に媚びました。けれども、話が抽象的なことから次第に具体的なことに及ぶと、私は一種の驚きを感じ、次には反撥を感ずるようになりました。あなたの家が百万長者であろうと、そんなことは問題でありません。あなたのお父さんがいろいろな会社の重役であることも問題でありません。あなたのお父さんは大して学問もなさらず、独力で孜々として今日の地位を築いてこられたことも、問題でありません。あなたがちょっと好きだったらしい人が、こんどの戦争で戦死されたことも、問題でありません。あなたが教養の一つとして、三浦さんから絵画の指導を受けていられることも、問題でありません。ただ問題なのは……ああ、あなたはどうしてあんなことまで私に話したのですか。
「あなたのお父さんは、家庭内で絶対専制君主だそうですね。一度こう思いこんだことは、是が非でも押し通されるそうですね。どんな用事でも、一度口に出したら、側の者がうっかり聞きもらして尋ねても、もう二度とは言われないそうですね。家の出入りには、家人の誰かが必ず玄関に三つ指をついて送迎しなければならないそうですね。家人達と食卓を共にせず、別な室で独りお膳に向われるそうですね。風呂をわかす日に、帰宅が後れて、家人の誰かが先にはいっている時には、もう風呂にはいられないそうですね。或る親しい友人が、その細君の歿後、昵懇な[#「昵懇な」は底本では「眤懇な」]芸妓を家に入れると、すぐに絶交されてしまわれたそうですね。その他さまざまなことをあなたは私に話しました。今時もまだ、そういう風な家長がいないことはありません。殊に古い大家には残っているでしょう。だがあなたの家は、お父さん一代で現在の富と地位とを築き上げられたのではありませんか。それもまあよいとしましょう。ただ、私の腑に落ちないのは、そういうことを話す時のあなたの言葉の調子です。
「あなたの語調には、聊かの反感も見えませんでした。うちの家庭の空気は嫌だ、窮屈で息が自由に出来ない、などとあなたは言いながら、それが具体的な事例となると、眉ひとつひそめるでもなく、単なる話柄として話しました。ばかりでなく、なにか得意げなもの
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