道標
――近代説話――
豊島与志雄

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 ソファーにもたれてとろとろと居眠った瞬間に、木原宇一は夢をみました。森村照子と広い街道を歩いてる夢でした。今晩彼女と一緒に三浦行男氏を訪れることになっているし、しかもそれをどうしたものかと未だに迷っている、そういう意識があったからでありましょうか。そして夢の中の彼女は、背の高い大きな体躯で、巨木の幹のように泰然と構えていまして、不思議なことに、その容貌が全然分りませんでした。もっとも、夢の中では、妖怪変化は別として、人間については、その姿形が見えるだけで、顔立や表情は殆んど見えないのが、普通のことでありましょう。木原宇一の夢の中の彼女も、照子だということが分ってるだけで、その顔付や表情は全然分らず、姿態が大きくはっきりと見えるだけでした。その彼女と、彼は連れ立って歩いてゆきました……。
 何の岐れ路もないただ一筋の真直な街道。地面は乾いているらしいが、埃ひとつ立たなかった。私は――(夢の中ではもう木原宇一でも彼でもなくただ私であった)――私は、照子に言っていた。
「私はあなたを愛しています。あなたの眼を、あなたの髪の毛を、あなたの手を、あなたの足を、あなたのありとあらゆるものを、ひたすらに愛しています。昔から愛していましたし、今も愛していますし、将来も……。」
 照子は黙っていた。それは別に不思議ではなかった。黙っているのが本当だった。
 私はとぎれとぎれに、いろいろなことを言った。
「私はあなたを愛するようになってから、次第に、酒に親しむようになりました。これはどういうことでしょうか。私はあなたを愛していますし、あなたから愛されてることを知っています。愛し愛される者は、やたらに酒を飲んで酔っ払うことなんかない筈ではありませんか。だが私は、よく酒を飲んで酔っ払います。どうしたことなんでしょう。」
 照子は黙っていた。
 街道の両側は荒野らしく、痩せ細った灌木や雑草があちこちに生えていた。
「あなたはしばしば、今の家庭生活が嫌だと言い、家を出てアパート生活でもしてみたいと言いました。そういうこと
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