に死んでもいいというふうな、さりげない態度を装いながら、影では、彼女に夢中になって、夜遅くその辺を彷徨して彼女の動静を探ったりした。彼女は誰かにつけ狙われてるような不気味な恐怖を覚え初めたが、或る夜、村尾と気まずい別れ方をして、ほかのお座敷で酔っ払って帰ってくると、自分をつけ狙ってるのが実は村尾であることを見て取り、なお二階から覗いてその姿を物色しているうち、村尾の本当の心情がひしと身にこたえ、のりだして彼の名を呼んでるうちに、酔ってるせいもあって、二階の窓枠が折れて、下へ落ちて死んだ。だがこの話は、本物語と大した関係はないから省略するとして、ただ、村尾はこのことのために悲壮な決心をしたことは事実で、また彼の生活が甚しい窮迫に当面していたことも事実である。
それからなお、注意に価すると思われる一事をつけ加えておくが、村尾は千代次とのことに関連して、さあらぬ体で、一般に芸者たちの情交について面白いことを云ったことがある。――「そのことについては、僕の頭には、いつも不思議な連想が浮ぶ。金貸の室を思い出すのだ。金貸の室ほどさっぱりしてるものはない。座布団が一二枚、机が一つ、時とすると片隅に
前へ
次へ
全44ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング