してあの致命的な醜悪な耳を持って生れたのだろう。私の運命の狂いは、大半は彼女のその耳から由来したと云ってもいい。
 彼女に逢っていると、私はその耳から反撥させられた。彼女は意識的にかどうか分らないが、その耳をなるべく隠すような、少し老けた洋髪に結っていたが、秘密を知ってる私の意地悪い眼は、そんなことにごまかされはしなかった。見まいと思っても、髪の毛をかきわけてまで見つけ出すのだった。腸に穴があいて四ヶ月も病院にはいっていた時、彼女は時々見舞に来てくれたが、私はベットに寝たまま無言のうちに、じっと彼女の耳に眼をつけていて、彼女が振り向くと、はっと顔を赤らめたこともある。そんな時、私は口を利くのが嫌になって、早く帰ってくれればいいと念じることさえあった。母の葬式の時、祭壇の前に立並んでる親戚一同のうちで、彼女の耳だけがしきりに私の意識にからまってきた。前日通夜の折に、お母さんもせめて庄司さんの結婚式までは生きていたかったんでしょうねえと、信子の母が他の人に話してた言葉を、私はふと聞きかじり、私の母が私の妻へと望んでいたのが信子であることを知っていたので、私はそのとっさに、信子の耳を思い浮べ
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