福な家庭が営まれる筈だった。殊には、彼女の父と私の母とは従兄妹に当っていたし、家庭のこともよく分っていたので、私はどの女によりも彼女に最も信頼出来る筈だったし、彼女の家は富有で、私自身いろいろ世話になったこともあるので、結婚によって物質的な援助も得られるわけだった。それでも、私は彼女に対して何等の愛情も持つことが出来なかった。その原因としては、私にはつまり分ってることは、ただ一つあるきりだった。それは彼女の耳だ。
 彼女の耳朶は、上部は普通だが、後部のなかほどが、欠けたように凹み縮れて、下部が醜く反り返っていた。ただそれだけであるが、それが私の眼には、彼女の体躯の不具的欠陥とも云えるほどに拡大されて映った。而もなおいけないことには、その不具的欠陥は何か内部的な例えば内臓にでも関係ありそうに思えるのだった。一体人間の肉体的欠陥には、単にそれだけとして止って、それが他の部分の健全な美を一層引立てるような、愛すべきものもある。然しそれが他の内臓的関係までありそうに思わせるものは、ひどく醜悪になる。私は信子の耳にそうした醜悪さを感じた。と云っても彼女は、健康な若々しい娘だった。ああ、彼女はどう
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