者もあった。私は自分でも意外な或る傲然たる気位で、反身になって彼等に接した。発車五分前に、名刺の[#「名刺の」は底本では「名剌の」]整理を他の人に頼んで、私はフォームへはいっていった。わざとゆっくりと歩いてやった。車窓から頭を出してる依田の弟を中心に、大勢の見送人たちは円陣をつくっていた。すぐに汽車が動き出して、万才の叫びが起った。その声が消え、汽車が遠ざかると、今迄一つの気分にまとまっていた群集は、個人に分解されて、もう各自に他のことを考えていた。私はその中で、俄に淋しく惨めな気持になった。誰も私を気にも止める者はなかった。私は首垂れて、乗車口の方の構内へ出て行ったが、その時、おかしなことを思い出した。丁度朝の出勤時刻、大勢の人がその構内から丸ビルの方へ流れ出してる時、一陣の風がさっと来て、茶色の中折帽が一つ飛び、電車線路のところへ転っていった。その男は両手をオーバーのポケットにつっ込んだまま、三四歩よちよち駆け出し、それから両手を出して帽子を追っかけ、拾い取るが早いか、埃のついたままの帽子を慌てて頭にのせ、ハンカチで顔を一撫でして、真直に歩いていった。そこに、何かしら滑稽な体面があ
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